QUIET RIOT
QUIET RIOT(US/米)
#201 / QUIET RIOT / 1977
★★★★

バンド名の由来はTHE CLASHの ”White Riot”ではなく、STATUS QUOのリック・パーフィット(2016年没)との会話中に登場した「Quite Right」という台詞らしいです。あのランディ・ローズ(1982年没)が結成したバンドで、ボーカルはオレ様ケビン・ダブロウ(2007年没)。日本のみで発売されたデビューアルバム「静かなる暴動」です。その当時、何らかの特集をエアチェックして、60分テープに録ったのを何度も聴いてました。QRは片面30分のみ録音されていたのですが、最後の曲”Demolition Derby”が途中で切れていた(カセットテープあるあるですね)のをハッキリと覚えている。反対面にはVAN HALENの1stが録ってあり、これまた最後の曲が途切れてる(笑) ともに78年にデビューアルバムをリリースしているから、日本でブレイク中の2大USバンド特集ってことだったのかな。残念なことにそのテープも今は無く、レコードもCDも持っていない状態が長らく続いたのでした。何曲かは“THE RANDY RHOADS YEARS”で聴くことができるんだけど、欲求を満たすには至らず…などと記憶のページをめくっていたら1つ思い出した。たぶん2nd収録の“Killer Girls”も同テープに入ってた気がする!てことは、1stと2nd混合でオンエアされたのかも。いや、別のテープだった可能性も…まあどっちでもいいか。LPなりCDなりを入手すれば全て解決って話だよね。ということで、懐具合と相談した結果、CDプレス盤という代物に落ち着きました。つまり焼いたやつ!? 何やら訳ありっぽいですが、とりあえずCDというフォーマットで聴けるから良しとする。結局のところ、覚えていたのはオープニングの”It’s Not So Funny/反逆のロックン・ロール”とラストの”Demolition Derby”だけ。SMALL FACESのカバーなどもあるけれど、概ね面白くはない。後のローズらしさはある。ダブロウの声はまだクセがない。そんなところ。”Demolition…”が最後まで聴けてよかった。
#636 / QUIET RIOTⅡ / 1978
★★★★★

デビュー作と同じく、日本のみでリリースされた2ndアルバム「暴動に明日はない」です。この邦題は、アメリカン・ニューシネマの傑作「俺たちに明日はない」から頂いたと思われますが、あの映画の原題は”ボニー・アンド・クライド”、そもそも”俺たちに…”が素敵な邦題であり、映画の邦題から音楽アルバムの邦題へと歴史が繋がれた稀有な例、というか邦題を考えた人がその世代だったのでしょう。ギターはもちろんランディ・ローズ。残された音源が少ない伝説のギターヒーローだからね、QRの2枚は聴いておきたいところ。過去にヤフオクで怪しげなCD(1st2nd共にオランダ盤)が出品されていたので入札してみた。どちらも3000円を超えた段階で諦めました。別の出品者は最低落札価格5000円だったかな。それにしても複数出品されてるってことは、正式にリリースされたものだったのか。LPをはじめランディ時代の貴重な2枚は結構な高値で取引されていました。その後、比較的安価なCDをゲット。件のオランダ盤が値崩れしたんだね。やはりこの音質は!? LPをコピーしただけじゃないか?謎は残るものの安かったから良しとしました。ところが2023年にオフィシャル日本盤が紙ジャケ仕様で再発されたんですね。音質がどこまで改善されているのか気になるところですが、それ以上にボートラが魅力的。未発表音源とライブ音源だそうで、特にライブではランディのソロタイムがあるらしい。デビュー作同様、一聴しただけでは魅力は感じないかもね。日本のみのリリースって時点で既に怪しく、同時期デビューの一線級VAH HALENとは雲泥の差。でもね、2度3度と聴いてみると不思議な魅力があることに気付く。ランディが亡くなった後にカバー曲で大ヒットを勝ち取るQRですが、その元ネタのSLADEが醸す雰囲気をそこかしこに感じるんだね。初期SWEETのバブルガムロック感もあるから70年代HRが好きなら気に入ると思う。リアルタイムで聴いた”Killer Girls”がイチオシです。リーダートラック”Slick Black Cadillac”も聞き覚えがあるかな。他にも、カバー曲”Afterglow(Of Your Love)、”Face to Face”、”Inside You”、”We’ve Got the Magic”など、懐かしさに浸れる愛聴盤になっている。
#1187 / METAL HEALTH / 1983
★★★★

ランディがオジーのバンドに加入。次いでルディ・サーゾもオジーのもとへ(後に出戻る)。その間バンド名をDuBrowに変更。しかしランディの事故死を受けてQUIET RIOを復活させ、ギタリストにカルロス・カヴァーゾ(後にRATTへ加入)、ドラムにフランキー・バネリ(後にW.A.S.P.で叩く)を加えて作られた3rdアルバムです。SLADEのカバー“Cum on Feel the Noize”がヒットしました。おかげでアルバムは全米1位になっちゃう。どうってことない曲だけどMTVでしょっちゅう流れてたよね。当時はオレ様系のケヴィン・ダブロウが嫌いだった。STARSでの立ち居振る舞いも何だかイヤだったな。TWISTED SISTERのディー・スナイダーと同じようなもんだと捉えてた。ともかくコマーシャルなメタルにとって短いバブル景気でした。2007年コカインの過剰摂取によりケヴィン・ダブロウは亡くなります。52歳でした。天国でランディと再会できたよね、ケヴィン!